Dialogue

専門家との連携、
未来の医療に対する
提言と意見交換

創薬研究者からのメッセージ

元住友製薬株式会社常務取締役・勝部純基氏からの書簡と寄稿文

創薬の未来を担う若き研究者へのメッセージ

長年の創薬研究に携わった専門家から寄せられた、未来の医療と若手研究者への提言を全文掲載します。


1. 西野先生への書簡(2025年8月)

西野 克寛先生 永らくご無沙汰しておりますが、先生にはお変わりなくお過ごしでしょうか。 今年の灼熱地獄は格別なので、お務めはさぞ大変な事だと拝察します。 さて話は変わりますが、私は内心、生涯創薬研究者を貫きたいとの願望を抱いていましたが、その実態としては67歳に住友化学退任後は低空飛行に終わったなと忸怩たる思いがありました。先生からは度々最新情報を教えて頂いていましたのに、それを消化しきれずにいた私でした。 しかし今般、そんな私に薬学会傘下の医薬化学部会誌の「創薬の未来を担う若き創薬研究者へのメッセージ」と言う特集シリーズに寄稿文を寄せる機会に恵まれました。 私としては、88歳米寿を迎えた老兵に卒論を書く機会を与えられた様で本当に有難く、感謝している所です。 その経緯や補遺についても、かって創薬研究分野で一緒に仕事をした後輩研究者に配信したメールに記述していますので、それも同封します。 そこには、今後のあるべき医療(薬物療法含み)の姿に就いて、私見を書いていますが、機会があれば先生のお考え等もお伺い出来ればと思っています。 それでは、8月一杯は酷暑が続くと思いますが、ご自愛の程をお祈りしています。 2025年8月 勝部純基


2. 薬学会誌 寄稿文:「歴史の先に発展あり」

1. はじめに

創薬の未来を担う若き研究者へのメッセージ 歴史の先に発展あり 私は65年前の1960年、薬学学士として住友化学株式会社へ入社し、以降、半世紀を超えて [創薬ワールド]に身を投じてきた。その間、若干の成功体験もあったが、それに倍する失敗や挫折があり、失意や焦燥感を覚えた時も少なくない。そのような私の過去体験が現役創薬研究者に役立つところは少ないが、創薬研究という使命感に満ちる職業 (vocation) を引き継ぐ若き研究者には心からのエールを送りたい。

2. 歴史に学ぶ

私は創薬研究においても、その進化過程を歴史的に理解することの意義は深いと考えてきた。薬に対する人間の渇望は本質的なものであり、その記述は紀元前にまで遡る。それは東洋では 証」を前提とする医療の中で漢方(生薬調合製剤)が長い歴史を経て集大成され、西欧では要素還元思想の中で薬効天然物から有効成分が分離されて薬に仕立てられてきた。

3. 創薬研究時代の到来

意図的かつ組織的に新有用医薬品の創製を図る活動である [創薬 が本格的に始まったのは、20世紀後半からと言っても過言ではない。私は以降の創薬研究の推移を25年の四半世紀毎の時代区分で展望すると理解しやすいと考えてきた。 その最初の四半世紀(1950~1974)は、創薬研究の立ち上がり時期であり、創薬の基盤となる研究や技術(医学、生物学、化学、薬学とその傘下専門分野)が創薬目標に動員されて、その成果が稔り始めてきた時期であった。 旺盛化した近代医学研究(基礎/臨床)は、新生理活性物質や各種疾患の本態に関する重要知見を提供するところとなった。その中で介在する物質群も明らかになると、それが医薬品化への動機となって新医薬品に繋がったり、場合により動物モデルを使って改良誘導体が創製されることもあった。その典型的 事例として、プロスタグランディンPGと命名された五員環構造をもつC20不飽和脂肪酸の医科学研究を挙げてみる。 1960年頃に本物質の単離や構造決定報告が出ると、その短命ながら多彩な生理活性は世界の研究者の注目を集めるところとなった。 1980年代に及んだその後の解明研究は、最終的にPGに関連するトロンボキサン、プロスタサイクリン、ロイコトリエンも包含するC20不飽和脂肪酸メディエーター (エイコサノイド)体系として集大成された (1982年のノーベル医学生理学賞受賞)。 一方、そこに登場する分子群は創薬対象として製薬企業が取り組むところとなり、これまでに各種治療分野にわたる多数の新医薬品が誕生している。

4. 創薬研究の黄金時代になった20世紀最終四半世紀

当四半世紀(1975~1999年)には、各社の創薬研究はますます活発化し、ゴールである新薬承認数の増加に繋がった。さらに各治療分野の主要疾患においてチャンピオン新薬が誕生したのも当期であり、それらが現在の薬物療法の主軸を担っていると総括できる。 なお、創薬、新薬開発力の国際比較において前四半世紀には日本は欧米先進国に大きく立ち遅れていたが、当期にはその遅れを大幅に挽回できてきたとの感触があった。

5. 創薬研究躍進の成功要因

20世紀最終四半世紀に創薬・新薬開発の大躍進がみられた背景には、主に2つの要因が挙げられると私は考えている。 その一つは創薬における方法論が質的に進化したことであり、それは各種生命現象の作用発現機構が急速に解明されたことに応じて、より効果的な薬物探索試験系が構築されて、新規活性化合物の探索が大幅に効率化したことである。 例えば生体諸反応に関与する各種受容体、イオンチャンネル、酵素が解明されると、その反応を増強/抑制する物質を探索するスクリーニング試験系が工夫・改善され、製薬会社はそれらを駆使して有力新薬候補を求めたのである (in vitro/マス/目的/ランダムスクリーニング法やその自動化装置等)。 二つ目は1970年代央に勃興した革命的な遺伝子解析手法や工学技術である。これら技術を背景に世界の有力研究者は新規生理活性タンパク質の単離、構造解析、生理的意義解明に鍋を削った。 その成果として見出された各種タンパク質の中から医薬的有用性が期待されるタンパク質が選別されて、医薬品化開発が進んだのである。 具体的事例として住友製薬での開発経験を紹介する。 ・ヒト型成長ホルモンHGHの希少疾患である小児低身長症への劇的効果確認(1986年承認) ・天然型インターフェロン (技術導入1980年)の医薬品開発を目指して適応対象を探索し、当時、日本人の国民病と言われていた正体不明の慢性肝炎(後にC型肝炎)への有効性を初めて見出し (1990年頃)、その後のC型肝炎撲滅運動へのを拓いた ・ -PA(組織プラスミノーゲンアクチベーター)の脳塞栓症に対する有用性の治験による確認

6. 21世紀の創薬研究の特徴

現在、21世紀の最初の四半世紀が終わったところであるが、この期には創薬方法論に新しい潮流ができていたと私は認識している。 それは1980年代以降の革新的な分子生物学的手法の普及もあって、各種疾患(特にがん領域)においてタンパク質ないしゲノム核酸系の原因物質や増悪因子の発見や解明研究の報告が各所から続いた。 そして、それら分子を標的とする創薬研究が始まった(分子標的型創薬)。その中で問題悪玉タンパク質を捕捉/無力化する手段として、モノクローナル抗体タンパク質医薬 (mabと総称)に期待が寄せられるところとなった。

7. 新医薬品承認品目一覧表に観る新薬開発動向

このタイプの創薬研究は個別医療ないし精密医療に対応するものが多くて専門性が高い。それゆえ、初期発想や提案はアカデミア医学研究者や先端バイオベンチャーから発せられる場合が多いが、その医薬品化にあたっては mab医薬品の製造能力を有する限られた製薬企業とのタイアップが必要であった。 なお、mab医薬品は製造難度や高コストのゆえに超高価医薬品になっており、医療保険財政に対する圧迫が危惧されているが、対象が特定ながんや希少難病の患者であることで容認されている。 この期の大成功事例としては免疫チェックポイント阻害剤である [mab抗がん剤のニボルマブやベムプロリズマブ」が挙げられ、その医療貢献とともにノーベル医学生理学賞受賞(2018年)という科学的成果が輝かしい。また新型コロナウイルスに対する画期的新薬[mRNA ワクチン]も特記される(日本上市2021年、ノーベル賞受賞2023年)。本品の製剤は核酸医薬品であるが、生体内での最終有効分子はタンパク質である。 さらに当期には悪玉ゲノム核酸 (mRNA) に対し相補的配列をもつ化合物(アンチセンスオリゴヌクレオシドASO)で無力化を図る創薬研究も行われ、少なからぬ新薬誕生事例がある。 ...21世紀以降の国内承認品目(新成分+新適応)の流れを一覧表で眺めると、上記の創薬トレンドが改めて浮き彫りにされる。 まず、当四半世紀も2010年頃までは前世紀から継続されていた低分子医薬の承認が大半を占めているが、2007年頃からは新しい創薬思想に基づいた mab新製品が承認され始め、以降、年々その様相が決定的になっている。 因みに2023年度にはmab製品は30品目程に至り、全体の1/4を占め、その数は低分子医薬品を凌駕する程である。そして疾患別ではがん効能が最多で、それも全体の1/4程を占めている。 なお別視点の統計資料として [世界の売上高上位医薬品】を眺めてみても、近年は多くのmab医薬品が上位にランクされていることが一目歴然となっている。

8. 創薬研究の今後の方向性

21世紀の第2四半世紀を迎える本年、創薬研究が向かう方向性については、私には予測困難である。ただ2024年度ノーベル化学賞に[計算によるタンパク質立体構造解析]が選ばれたことに象徴されるように、創薬にAIが活用される [AI創薬時代 の到来は必至であろう。

9. 現役創薬研究者に

**探し求めよ! 未充足薬物療法対象を** ...いかなる状況でも医療ニーズが存在する限り、創薬研究の必要性も存続するはずであるので、どこにその医療ニーズがあるかの発掘が今後の鍵になろう。 私は現代創薬研究75年の歴史を回顧するとき、創薬研究者は一度、原点に立ち還り、社会が真に求めている医薬品(エッセンシャルドラッグ)の提供は十分に果たされているかの再点検が大事ではないかと考える。 私が抱く問題意識の一つとしては健康食品製品群との関係性がある。サプリと称される当製品群は積極的な宣伝活動もあって大市場が形成され、消費者側にも相応な経済的負担を与えている。 私は当製品群が健康を願う人々 (主に高齢者層)の率直な願望に応えんとする存在であることには異論はないが、一方で同じ路線に立てる筈の医薬品が、その場になかなか立ち入れていない状況にはもどかしさを覚えてきた。私はそこに果たすべき創薬課題の存在を意識してきたが...

10. 最後に

今から60数年前、若輩研究員であった私に与えられたテーマの中に[解熱剤アセトアミノフェン (N-アセチルアミノフェノール)の工場製造] と [糖尿病薬メトフォルミン(ジメチルービグアニド)の類縁化合物合成]があった。 上記2製品は非常に古くて、簡単構造化合物である。しかし前者は今般のコロナ禍において標準治療剤として処方される重要薬として存在感を示した。後者についても1990年代央の米国の治験において糖尿病薬としての優れた性質が再発見され、多くの糖尿病薬が開発上市された今日でも、基本薬として最多の処方箋数を誇っている。このような体験を回顧するとき、 エッセンシャルドラッグ] は意外にも身近な存在であることを思い知る。 かくして若き研究者の前途には幅広い選択肢があるが、[求めよ、されば与えられん」の精神で立ち向かっていただきたい。

(出典:MEDCHEM NEWS 35(3):185-190(2025) より、一部抜粋/構成)